シリーズ連載2回目です。
ちゃんとしたご理解を得るためには、かなりの分量になりますし、順を追って説明せずに安易にノウハウをつたえても、本当に役立つことにはならないと思うので、一回に読むのに負担にならない文量に分割して配信しています。
小出しにしているようで申し訳ございませんが、どうぞ気長にお付き合いください。
昔から「生兵法は怪我の元」というように、小手先のノウハウだけを知っていても大自然の力の前には無力です。ノウハウを知ったことで自分は安全だと思うことほど怖いことはありません。
安全対策に関しては何よりも「自然に対する謙虚な心構え」が大事ですので、ぜひ、前回記事もお読みくださいね。

事故事例に学ぶ
全ての事故が痛ましいのですが、ここ数年で最も痛ましく感じた水難事故は、2015年に渡口の浜で起きた事故です。
観光に来ていた子供連れの夫婦と祖父母の6名グループで、シュノーケリングをしていた父、息子(12歳)、娘(9歳)が事故に会い、それを助けようとした祖父(72歳)が巻き込まれ、妻と祖母の目の前で3名が死亡、娘さんが意識不明の重体という悲惨な事故でした。
心苦しい点はございますが、謹んでご冥福をお祈りするとともに、貴重な事例として取り上げさせていただきたいと思います。

この事故の当日は、台風直後の高波が押し寄せて、地元のサーファーがその波を目当てに来るような状況でした。救助にも地元サーファーが活躍していました。
地元の人たちが「どうしてあんな海に子供連れで入ろうとしたのか、信じられない」と言うような海況でした。

状況の悪い海にムリに入って事故にあう。
時間の限られた観光旅行ではありがちなことで、海難事故に非常に多く見られるケースです。

現場から車を5分も走らせれば、波が入らない比較的穏やかな入り江もあって、そこの浅瀬であればこんな事故にもならなかったかもしれません。
亡くなった方を責めるつもりはありませんが、この事故は海と地元情報に対する知識の欠如が招いた側面もあるのではないかと思います。

なぜ、観光客は高波の立っている荒れた海で泳ごうとするのか?
事故の時にはいつも、地元の人は「なぜ、あんな海にはいるのか」と不思議がります。
観光旅行で時間が限られているからムリをしてしまうということもあるでしょうが、そもそも内地の人の「波に対する意識」が「内地の海の波」を基準にしており、それがサンゴ礁の海では全く役にたたないことも原因の一つではないかと、私は思います。

私も台風後の高波の立っている海に入ろうとした観光客に「こんなところに入ったら死ぬぞ」と注意したところ「もっと高い波のところで泳いだこともありますから!」と言われたことがあります。
その時に「この人達は内地の海の感覚でサンゴの海をみているんだ」と気づいたのです。

「私が泳ぎたいんだからかまわないで!」という方に対処する術はありませんが、知識の欠如が原因であれば、それを補うことで無謀なシュノーケリングを減らすことができると思います。
今日は、あまり知られていないサンゴの海の特徴と、その危険性を中心にお話します。

この海をみて、どう思いますか?
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内地の海水浴場であれば1mくらいの波があるのは普通ですから、この程度の波ならば何の問題もない穏やかな海だと思いますよね?
しかし、私には「波が高い危ない海」に見えます。

なぜならこの場所は、普段はほとんど波が立たない場所であることを知っているからです。
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沖に見える島で、同じ場所であることがわかりますよね?
これは特にベタ凪の日の写真ではなく、「普通」がこれなんです。

最初の写真の状態が、普通の時にくらべて、どれだけ波があるかわかります。
特に注意するのは浜辺の波ではなく沖の波です。最初の写真では島影と重なるところに高い波が立っているのがわかります。また、海面にもさざ波が立って、海面がうねっているのがわかりますね。水の色も透明ではなく白濁していて、海底の砂が巻き上げられるほどの強い水の力が働いていることがわかります。
私は、沖の波を見て、浜辺の波をみて、海面のウネリや流れを見て、海水の色を見て、さらに普段の状況と比較して、「危ない」と判断しています。
実を言えば、上の写真は台風が通り過ぎた2日後の写真で、この状況でシュノーケリングをしたら事故が起きても不思議はありません。
そして、このような状況はここの海岸に固有のものではなく、サンゴ礁の海に共通する特徴です。
内地の海の感覚は、サンゴ礁の海では全く通用しないのです。

内地感覚では間違える!サンゴ礁の海の特徴
では、具体的に内地の海とサンゴ礁の海では、なにが異なるのでしょうか?
一番の違いは海底の形状です。これによって波のでき方が全く異なります。
内地の海水浴場の海底は砂で、外洋から浜辺に向かってなだらかに浅くなっています。
それに対してサンゴ礁の海では、浅瀬にサンゴが発達してサンゴ礁(ヒシ)ができ、サンゴ礁の淵でいきなり深くなるドロップオフが形成されます。
ドロップオフの深さは10~20mのところもあれば、いきなり50m以上落ち込むところもあります。
波のできかた

サンゴ礁の海では、ヒシが防波堤の役割を果たすので、外洋からのウネリが当たるドロップオフで波が立ち、ヒシの内側のイノーでは波が立ちません。逆に言えばイノーの中の浜辺に波が立っているということは外洋が相当荒れているということです。その判断にはドロップオフにどれくらいの波が出来ているかが参考になります。

このように、外洋が荒れている時でもイノーの中の波はそれほど高くならないので、サンゴ礁の海の特徴を知らない観光客は、浜辺の波をみて安全とおもって海に入り、水難事故にあうのです。

「波が高くないなら、外洋が荒れている時でもイノーの中は安全じゃないの?」と思われるかもしれませんが、海で怖いのは波よりも潮の流れです。

確かにヒシが防波堤となってイノーの中に波は生まれませんが、外洋からは強いウネリの力によって押し寄せた海水が、イノーの中に大量に流れ込んでいます。そうすると、この海水は逃げ場を探してヒシの切れ目から外洋に戻ろうとします。
その結果、イノーの中からヒシの切れ目を通じて外洋に向かっていく強い流れが生まれます。
これを離岸流(Rip Current)といいます。
水難事故の多くは、この離岸流によって起きています。
離岸流
これは最初の2枚の写真を撮った海岸を上空から見たグーグルマップの画像です。
浜の正面から左側には長いヒシとドロップオフが続いています。右側は漁港への通路として海底を掘って深くした水路があり、ここがヒシの切れ目になるので、イノーに入った海水はここから外洋に戻ります。
しかも水路の手前に護岸が作られて外洋への出口が狭められおり、護岸に沿った流れも発生するため、太い矢印で示した部分は川のように強い流れが生まれます。
普段はそれほどでもありませんが、少し強いウネリが入っただけでも、戻ってくることが困難になるほどの流れです。
私も一度、大潮の時にこの流れにつかまり、浜に戻るのをあきらめて漁港から帰ってきたことがあります。台風や荒天の後でなくても条件によっては、そのような流れが生まれるのですから、最初の写真のように海が荒れている時だったら、漁港に戻れたかどうかも危ないでしょう。

砂底の海岸でも海底の地形によって、離岸流が生まれますが、サンゴ礁の海では海底の形が複雑で、水深の差が極端に大きいので、その流れも非常に強く複雑で、一見しただけでは予測しにくいのです。
サンゴ礁の海は浜辺の波が低くても、外洋の波が高い時は危険!
ということを憶えておいてください。

離岸流の予測は困難
離岸流は浜辺に打ち寄せた水が、沖にもどりやすい場所を通って沖に帰るという自然の摂理でできるものなので、常に特定の場所で起きる特殊なものではありません。海のいたるところに発生する、自然な水の動きです。
基本的には波が立っているところは沖から岸に向かう流れ(向岸流)が発生していて、波が立っていない場所は岸から沖に向かう離岸流が発生していると考えられますが、その強さや方向を見分けることは困難です。

離岸流はサンゴ礁の海にだけ起こるものでもなく、海底が砂地の海でも、いたることろで発生しています。(打ち寄せた海水は沖にもどらなければ津波になってしまうので、当然のことです)
痛ましい事故がおきた渡口の浜も、ドロップオフが形成されるようなサンゴ礁の地形ではなく、遠浅の砂底の海で、絶好の海水浴場に見えます。
しかし、ここは外海から直接潮流が入り、浜が袋小路状になっているため、沖からの水が集まりやすく、そのために波の強い時には状況が一変して、非常に強い離岸流が発生します。
推測でしかありませんが、この事故は離岸流に流された子供がパニックになり、それを助けに行こうとした親も離岸流につかまってしまったことが原因の一つと思われます。
渡口の浜のように海底が砂底の場合には、荒波で海底の形が変わると思わぬところに離岸流が発生するので、どこに離岸流があるかの予測は非常に困難です。
渡口の浜で海水浴をするなら、腰より深くには入らないほうが安全です。
渡口の浜
宮古島で同様の地形のところはいくつかありますが、シュノーケリングで有名な中の島とインギャーマリンガーデンも入江の中に入った海水が強烈な沖出しの離岸流を作る場所として知られています。
中の島は湾内のサンゴ礁を越えたところ(ダイビングボートが留まっているあたり)、インギャーは橋の下まで行くと、波の強い日には一気に沖に吸い出されます。
どちらもリーフ内は安全な場所なので、海況が悪い時でもシュノーケリングをやっている方を見かけますが、一歩間違えると危険な海に変わりはありません。
実際にインギャーでは橋の下から沖に流された事故が起きています。
また、天然のプールで安全に思えるシギラリゾートのシギラビーチは、海に向かって右側の奥に近寄ると沖に吸い出されるので、ここも注意してください。

離岸流をいつ、どこに発生するか正確に予測することは困難なので、「強い波によって大量の海水が浜に押し寄せている時は、離岸流も強くなる」という原則を忘れずに、「君子危うきに近寄らず」と海に入らないのが最大の安全対策と言えるでしょう。
「離岸流」で動画を探すとたんさんのものが出てくるので、参考にしてください。
この動画は良くまとまっているのでおススメです。



強い離岸流につかまったら、水泳のオリンピック選手でも、ロングブレードのカーボンフィンを履いていても、離岸流に逆らって泳ぐことはできません。そして水難事故の多くは離岸流が関連すると言われています。繰り返しになりますが、
波が高い時は強い離岸流が起こりやすい
という自然の法則を忘れずに
波が高い時(サンゴ礁の場合は浜ではなく沖で高い波が立っている時)には海に入らないのが鉄則です。

追記:
サーフィンは離岸流に乗って沖にでて、向岸流でできる波に乗るスポーツなので、かれらは離岸流を見つけるのが上手です。
離岸流には魚があつまるので釣り師は離岸流の見つけ方を良く知っています。
サーフ釣りでの離岸流の見分け方
離岸流の見つけ方
離岸流の予測はできなくはないんですが、サーファーや釣り師はシュノーケリングをやる人に較べると海に行く回数が圧倒的に多く、多大な経験と観察によって、離岸流を見分ける力を身に着けています。
また、彼らは同じポイントに何度も通って、海底の地形まで熟知しています。
彼らの知識は参考にはなりますが、年に数回しか海に行かず、初めて行った海で泳ぐことが多いシュノーケリング愛好者には離岸流の判別は無理だと思います。

次回は、離岸流への対処法を含めたシュノーケリングを行う時の注意点をご紹介いたします。


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